今のご時世、海賊というものは珍しいものでも何でもなくなっていた。かつては海を縄張りとし、暴力と略奪を繰り返してきた彼らも今は宇宙海賊と名を変え、その悪名を宇宙に広めていた。

「全く、こんな世の中じゃなきゃあんな依頼なんてせんのになぁ…」

「仕方ないでしょ。戦争が終わったとはいってもまだ治安は悪いんだから」

アルトは軽くため息をつき、『これも必要経費なの』と付け加えた。

戦争が終結してもう二年あまりだが未だ治安は回復していない。長きに渡る戦争の傷跡は深く、和平に納得のいかない人々がまだあちこちで小規模なもののテロ行為を行っていた。おかげで地球も火星もその処理に追われ猫の手も借りたいほどに忙しく動き回っているそうだ。

この機に乗じて行動を起こしたのが宇宙海賊たちであった。宇宙海賊たちはもっぱら足の速い船を使い、素早く標的に近づき略奪を行い、軍が駆けつける前にその場から逃げ出すという方法を取っていた。そのため、軍もなかなか対処ができずに苦しんでいた。おかげで宇宙海賊は好き放題に略奪を繰り返すということになってしまったのだった。

宇宙海賊による被害が相次いで起こったため、どこの民間業者も宇宙海賊怖さに宇宙を移動するときは必ずと言っていいほど護衛をつけるようになった。大手企業となれば私兵隊を持ち、物資の運搬の際には必ず私兵隊をつけるようにしている。では中小企業は? というとお金を払って何でも屋のごとき傭兵を護衛として雇っていた。

それが普通となっている世の中でトツカは戦争が終結からも護衛というものをつけたことはなかった。というのにも理由があった。一つはお金がもったいないということ。これは当然のことなのだが、仕事である以上傭兵はお金を要求してくる。これはいい、それが相手の仕事であるから正当な報酬だと言える。だが護衛だといっても必ずそのタイミングで海賊が襲ってくるというわけではない。つまり、護衛というのはあくまでも保険であっていつでも使える防衛手段ではないということだ。そんなものの為にお金を使うのはナンセンスだと言ってトツカは今の今まで護衛というものをつけたことがないのである。そして、もう一つ護衛をつけない理由があった。

トツカは艦長席から宇宙(そと)の景色を眺めながら軽くため息をついた。

「この船ならどんな相手が来ようがすぐに逃げられるってのにな」

自慢じゃないがトツカの有しているこの船―ステイクハーレーの足の速さは並ではない。値はかなり張ったものの地球軍の高速巡洋艦を元に改造を施しただけあってその速さは並の戦艦よりも格段に速い。

トツカが護衛を雇わない理由はそこにあった。足が速いのだから海賊に取り付かれる前に逃げてしまえばいいのである。実際、今まではそうして海賊の脅威を潜り抜けてきたのだ。だからこそ今更傭兵を雇うなど反対だったのだが…

「しょうがないじゃないですか。いくらこの船が高速巡洋艦を改装した船だからって言ってもこの前みたいに二隻一遍に襲ってこられたらさすがに辛いですよ。この前は運よく逃げられましたけど次も同じようにいくかどうか…」

「ぬぅ…まぁ確かに、な」

 

つい一週間前のことである。この日は珍しく運搬業務が主な仕事だった。

トツカが経営している(アッシュ)商会は商いだけではなく運び屋としての仕事も請け負っていた仕事の幅というのは広いほうが何かと得なのである。顕著に出るのが仕事の量であるが、それ以上に人とのコネクションが作りやすくなることが重要だった一つの仕事だけではコネクションというものはなかなか増えてはいかないコネとはいわば仕事への近道と言っても過言ではない。そのコネが多ければ多いほど仕事を貰うことも簡単になるというものだ。しかも一つでも大きいコネを作ってしまえばそこからの大きい仕事が回ってくる可能性も出てくるというわけだ。だからこそコネクション作りの機会は多いに越したことはない。そんな理由で運送なんて仕事もしているのであった

それはさておき。

この日の仕事を無事に終えたH家の面々は意気揚々とした面持ちで帰路に着こうとしていた。それもそのはず、この日の仕事は上客ばかりでこの日一日でトツカが二、三週間は働かなくても十分に生活できるほどの額を稼いだのである。

そんな気分上々なH家を乗せたステイクハーレーは一路拠点にしているコロニーへの行路を順調に進んでいた。ブリッジでは当然の様に報酬の使い道についての口論がなされていた。こういうとき一番力を持つのがアルトである。なにせH家の中で財布の紐を握っているのは誰であろうアルトなのであった。おかげで今回もトツカのパーッと一気に使いきるという案は即座に却下され、一週間分の生活費を差し引いた残りのお金を平等になるように分配されたのだった。このときトツカの分だけ若干少なかったのは言うまでもない。

こうしてブリッジでの壮絶な口論が無事に決着し、後は帰るだけとなったトツカ達は完全に気を緩めていた。ちょうどそんなとき運悪く奴等と出くわしてしまった。

突然、ブリッジにけたたましい警報が鳴り響き、反射的にトツカはレーダーに目をやった。レーダーに映し出されていたのは小型の巡洋艦サイズの船だった。レーダーに写る大まかな質量、それに排出される熱量から見てまず小型艇で間違いないだろう。

このとき、トツカは漠然とだが嫌な予感がしていた。今まで培ってきた勘が危険信号を発していた。この反応だけを見れば普通の人ならまず間違いなく民間船だと思うだろう。実際、トツカも始めはそう思ってしまった。発せられている識別コードは民間登録されているものになっていることからその船はほぼ間違いなく民間船だということを証明していた。

ここまでの条件が揃っていれば疑う余地などほとんどないように思えた。だが、それでもトツカの勘はやばいと告げていた。こういうときの勘は嫌なくらい当たるのだ。

まさかとは思ったが一応念のためにその民間船へ通信回線を開いてみた。するとすぐに答えは返ってきた。さっきまで感じていた嫌な予感の答えが…である。

こちらから通信を送ってみたものの一向に向こうの回線が開かれる様子はなかった。特に通信障害が起きるような場所でもないのに通信に応じない…つまりこれは。

そこから先はまさに予想通りの展開(・・・・・・・)だった

今更だがもっと早く気づいていればと思ったが時はすでに遅く、トツカたちは完全にやつらの標的にされていた。そう、やつら―宇宙海賊にである。

トツカがしまったと思った頃にはすでに宇宙海賊がカモフラージュに使っていた民間船から三機の機動兵器が飛び出してきていた。反応からしてALSであることは間違いない。船から出撃してきた三機のALSはこちらに向かって一直線に向かってくる。

このまま黙って見ていれば十中八九狙い撃ちにされる。トツカはすぐさまステイクハーレーのスラスター出力を最大してこの場から逃げようとした。

逃げ切れる自信はあった。この船の速さに追いつけるのは軍の高速艦くらいなものだ。適当に見繕った民間船やALS程度、一瞬で突き放すことなど造作もない。それに長年の経験上、宇宙海賊というやつらに頭の回るやつなどそうはいない。何かしらの策を擁することなどまずありえない。一気にこの場から離れ、追いつけない距離まで逃げてしまえばこちらの勝ちだ。そう考えていた。

ステイクハーレーは一瞬にして加速し、弾丸の如き速さでこの宙域を離脱していく。どんどん遠ざかっていく宇宙海賊たちの姿を見つめながらトツカは内心ホッとしていた。楽勝だったとはいえ、こうして宇宙海賊に出会うのは肝が冷える。今回はうまく逃げられそうだが、もし仮に何らかの事情でメインスラスターが故障していたら? もしデブリ帯の中でやつ等と出会っていたら? 

if(もし)という話を上げればきりがない。だがそれも全てif(もし)という仮定の話でしかなく、現実ではない。現実はこのとおり無事に逃げおおせるところだ。

だというのにトツカの勘は未だ警報を鳴らしていた。

だがそれも杞憂というものだろう。宇宙海賊はハーレーの遥か後ろにいる。辺りには戦時中に撃沈されそのまま破棄された戦艦の残骸がある程度だ。この状況下で何が起きるというのか。

そして、その先に待ち受けていたのは……紛れもない悪夢だった。嫌な予感の正体、それはまさにこの状況になることを告げていたのだ。

突如としてブリッジに鳴り響く警報音。気がつけば艦前方に正体不明な艦影。誰しもがまさかと思い、そしてそのまさかが現実になる。

目の前から現れたのは紛れもなく宇宙海賊の船だった。しかも完全に武装した戦艦である。

前門の狼、後門の虎とはまさにこのことだろう。後方から迫る三機のALSと改造民間船、前からは過剰とも言えるほどに武装を施した戦艦。さらに運のないことに辺りには無数のデブリが浮かんでいた。何も考えずにただ全速力で逃げたことがここにきて裏目に出てしまった。突き放してしまえばそれで終わりだという考えがこの絶体絶命の状況を作り出してしまった。

うまい打開策が浮かばない。前後から宇宙海賊が迫り、逃げようにも辺りはデブリで囲まれている。この状況でできることといえばこのまま黙って宇宙海賊の餌食になるか、それとも決死の覚悟で前へと突っ込むかの二択。どちらを選んだとしても命の保障はまるでない。ならば選ぶ選択肢は一つ。たとえ確立が低くても何もしないでいるよりはいいに決まっている。

そう決心したその直後だった。いきなり前方の艦から砲撃が飛んできた。これにはさすがのトツカも驚愕した。大事な獲物なのだから急に攻撃してくるはずはないと思っていたのにまさかの攻撃である。咄嗟に回避しようとするが予想外の攻撃に回避行動が間に合わなく、誰もがダメだと思った。だが、その攻撃はハーレーを大きく外れ、全く見当違いの方向に飛んでいった。

これには全員が呆然としてしまった。仮に威嚇射撃だとしてもあれほど照準を外す必要はない。ならばさっきの攻撃は一体?

答えはすぐに出た。レーダーに目をやると後方から近づいてきていた宇宙海賊のALSが一機減っているではないか。

これはまさかと思うよりも早く事は始まった。

今の攻撃に腹を立てたのか、後方から迫っていた宇宙海賊が目標をハーレーから前にいる宇宙海賊の艦へ変更した。前方の宇宙海賊は最初からそのつもりだったようで進路の先には後方にいる宇宙海賊の船があった。

気がつけば、絶体絶命の危機は宇宙海賊同士の潰し合いという形で去っていった。

両者とも戦いに夢中になっているせいで目標であるハーレーを完全に放置してしまった。逃げるなら今しかないという絶好のチャンス。このチャンスをトツカが逃すわけもなく、すぐにハーレーのメインスラスターをフル稼働させた。ぐんぐん速度を上げ、その場を離脱していくハーレーに気がつきもせずに宇宙海賊たちはその後もずっと戦っていた。

 

とまぁ、そんなことがあったのだった。

「だから傭兵を雇うことにしたんでしょ。この前の家族会議でもそう決まったんだから文句言わないの」

前回の家族会議で傭兵を雇うか否かということを議論した。もちろんトツカは反対したのだが、世の中にはなんと卑怯な方法で採決を取るのだろう…結局多数決によって傭兵を雇うということに決まったのである。

「別に傭兵を雇うことには文句はないさ。でもな…だからってなんで傭兵に払う報酬の半分を俺の小遣いから引かれなきゃならんのだ!?

「だって、そうでもしないとすぐにまたギャンブルにつぎ込んじゃうでしょ!」

「う……」

アルトの言い分があまりに正しかったため、全く反論できない。さすがは愛娘、伊達に長い間一緒には暮らしてはいないと言わんばかりに的確に痛いところを突いてくる。確かにここ最近収入がそれなりにあったせいもあってすぐにギャンブルをしたくなっていたのは事実である。しかしながら…

「いくらなんでも半分は酷いだろ?」

おかげで一回でも飲みに行ってしまえばお財布が空になってしまう。懐が淋しいとはこのことを言うのだろう。

「確かに」

さすがにそれは酷いと思っていたのだろう、ジュビアも苦笑を浮かべながら頷いた。

「だろ?! だからなぁ、せめて三分の一くらいにはならんか?」

「むぅー…」

これにはアルトも唸りをあげるしかなかった。トツカだけならまだしも良識人であるジュビアにまで言われてしまっては悪いことをしているように感じてしまう。確かに今回は少しやりすぎたかな、と思わなくはない。だが、これも父にギャンブルから足を洗ってもらういい機会だと思えばこれはこれでいいような気もする。はたして、どちらが結果的にいいのだろうか。

アルトがしばらく唸っていると、横からいつものまったりとした声が聞こえてきた。

「ねぇ、そんなに迷ってるならいっそのことポーカーで決めたら?」

「は?」

「だから、ポーカー。お父さんとアルトで勝負してお父さんが勝てば三分の一で、アルトが勝てばそのまま半分ってのは、どう?」

「えー、なんか賭け事みたいでやだ」

「じゃあそのままずっと悩んでる?」

「ぅ…」

「じゃあ決まりね。お父さんもそれでいい?」

「あ、ああ」

アッという間の出来事だった。瞬く間にことを決めてしまったソプラノの話術に感心するしかない。そういえば口喧嘩でソプラノが負けたところを見たことがあっただろうか。

と、そんなことを考えているうちに準備が整ったようだった。

「ディーラーは私でいい?」

「ああ」

「うん」

二人に異論はない。ソプラノであればどちらにも公平の立場を取ってくれるだろう。

「勝負は一回、カードの変更は一回だけ。それじゃあ配るよ」

始める前にデックからジョーカーを一枚だけ抜き取ってから、ディーラーであるソプラノがデックをシャッフルした。一枚ずつ交互に手元にカードが配られていく。互いに手札が五枚になると同時に勝負が開始された。

 

結果はすぐに出た。

「そんな、お父さんに負けるなんて…」

「見たか! 俺だってやるときはやるんだ」

テーブルの上にはそれぞれの手札が無造作に広がっていた。アルトの手札はフルハウス、それなりの役である。だが、トツカの手札はそれを上回るフォーカードだった。

「約束通り、払いの三分の一でいいな?」

「…分かったわよ。お父さんが三分の一、残りの三分の二は私とお姉ちゃんとジュビアさんで。これでいいんでしょ」

勝負に負けた手前、強気には出られなかった。約束は約束、アルトは渋々だが言われた通りの条件を呑むことにした。

「これで少しは飲めるぞ」

「やったわね、お父さん。でもお酒もほどほどにね」

「分かってるって」

意気揚々のトツカとそれを呆れ顔で見つめているアルトを少し離れたところで見つめているソプラノの姿があった。その顔には微笑みが浮かんでいた。

そんな彼女の隣にジュビアが現れた。

「うまいもんだな」

「なんのこと?」

ソプラノは微笑みながらはて?と首を傾げた。

「顔に似合わず、イカサマなんてやるんだな」

ジュビアが笑顔を浮かべながらそんなことを呟いた。それを聞いたソプラノは一瞬驚いたような顔をしたかと思うとすぐにさっきまでの笑顔に戻った。

「だって、ああでもしないと終わらなかったでしょ?」

「確かに」

ジュビアは苦笑しながら同意した。

あのままソプラノが話に割って入らなければ、アルトは延々と悩み続けたのは目に見えていた。ああ見えてアルトは優柔不断なところがあって、ああでもない、こうでもないとよく頭を抱えているのだ。

トツカも傍から見ればお気楽そうに見えるが、実は意外と抜け目がない。きっとお金がなかろうともまたアルトの目を盗んでやるに決まっている。

「アルトには悪いけど、これが一番かなって」

苦笑じみた微笑。その微笑がほんの少しだけ辛そうに見えた。

「ホントはこんなことしたくなかったんだけど、あのままじゃお父さんが可哀相すぎて」

ちょっとした嘘。そんな嘘をつくことさえソプラノには心苦しかった。

「家族を騙すのってやっぱり嫌だね…」

顔では笑っているが心ではきっと辛くてしょうがないはずだった。

そんなソプラノを見つめながらジュビアがそっと口を開いた。

「大丈夫だって。この程度の嘘くらい、あの二人ならきっと笑って許してくれる」

ジュビアはそこで一旦言葉を切ると優しく微笑み、最後に一言付け加えた。

「それが家族ってもんだろ」

その一言がソプラノの心にしっとりと響いた。

「そだね」

気がついたら自然と笑顔を浮かべていた。ソプラノの笑顔はジュビアの微笑みに負けないくらい優しいものだった。

「あ…」

ソプラノはふとあることを思い出した。

「どうした?」

「さっきアルトには悪いことしたって言ったけど、ジュビアさんにも悪いことしたなぁって思って」

「なんで? 別にそんなことないと思うけど」

ソプラノは申し訳なさそうに上目遣いでジュビアを見つめているが、当のジュビアにはさっぱり見当もつかなかった。だから…

「だって…お給料減っちゃうから」

などと言われたら、もう笑うしかなかった。

「なんだ、そんなことか。それくらいどうってことないさ」

「ホントに…?」

「ああ、給料って言っても使わずに貯めることくらいしかしないしな。そんなこと、ソプラノが気にすることないって」

それを聞いてホッとしたのか、さっきまでの表情が一変して、ソプラノは今日一番の輝く笑顔をジュビアに見せた。

「よかった。ジュビアさんにまで迷惑かけちゃったと思って、少し不安になったの」

そして、気がついたらその言葉の最後に「もしかしたら、嫌な女って思われちゃったかもって思ったから」という小さな呟きを漏らしていた。

それに気づいたソプラノは気恥ずかしそうに俯き、ジュビアの顔色を伺うように見上げるが、生憎ジュビアがその呟きに気づくことはなかった。それを見たソプラノは内心ホッとしたが、ちょっとだけ残念でもあった。

そんなソプラノの気持ちを知ってか知らずか、ジュビアは事も無げに口を開いた。

「そんな、迷惑だなんて思ってないさ。むしろこんな迷惑なら大歓迎だ」

「え?」

今度はソプラノが困惑する番だった。一方的に迷惑をかけたのにそれがむしろ歓迎だという。だが、それも次のジュビアの一言でどうでもよくなってしまった。

「俺も、家族の一員みたいなもんだろ」

はにかんだ笑顔を浮かべながら、ジュビアは照れくさそうにそう言った。

その笑顔が真っ直ぐにソプラノを見つめている。それだけでソプラノは恥ずかしい気持ちになって、自ら視線を外してしまった。だが、恥ずかしいと思うと同時に嬉しくもあった。

「…そうだったね」

ジュビアのその一言が素直に嬉しいと思った。七年という月日が気づかないうちにジュビアを一人の家族として迎え入れていたのだ。それはソプラノも、アルトも、トツカも、そしてジュビア自身も知らず知らずのうちに感じていたことだった。だからこそ、ごく自然とジュビアはH家の一員として日々を送ってきた。そこにあるのは他人としてではなく、家族としての信頼関係、絆のようなものだ。

二人の間に柔らかな時間が流れ出す。まるで二人の他には誰もいないかのような感じがした。

「あの…ジュビアさん」

これは願ってもないチャンスだった。今のこの雰囲気ならあの願いを口にしてもきっとおかしくないはずだ。だって、家族なんだから。

「ん? どうした」

優しく微笑む瞳がソプラノを見つめる。それだけだというのに恥ずかしさと相まって妙に緊張してくるのが伝わってくる。

「あの、今度のお休みなんですけど」

「うん」

ジュビアの視線はソプラノを捉えて離さない。ソプラノもチラチラとだがジュビアのことを見つめていた。

「よかったら、今度私と一緒に…」

柔らかなひと時に紡がれる少しの願いを込めた言葉。その最後の言葉が紡がれようとしていた。

そして、それを切り裂くようにけたたましい警報音が鳴り響いた。

 

突如、ブリッジに鳴り響く警報音。

「え、何、何!?

真っ先に反応したのはアルトだった。突然の事態に状況がまるで飲み込めず、慌てふためいている。

ソプラノもアルトと同様に困惑の色を隠せなかった。

「落ち着けお前たち。ジュビア、状況は?」

そんな中にあってもトツカは冷静さを失うことなく指示を出していた。

気がつけば、いつの間にかジュビアは管制席に腰を下ろしていた。

「レーダーに反応、数は…全部で四つ。前方から二機、左右にそれぞれ一機ずつ。この動きからしてALS三機とTFF一機って感じですね」

レーダーに目を落としながら、ジュビアは的確に情報を読み取る。

「相手さんの識別信号は?」

それに対し、ジュビアは首を振った。ダメ元で確認してみたが、四機とも識別信号を発信していなかった。

「そうか」

所属不明の機動兵器が四機。それがこちらを囲うように迫ってきている。そこから考え付くことは一つに絞られる。

「なら十中八九、相手は海賊連中だな」

クソッ、と苦虫を潰したような表情で呻きを上げる。まさかこんなタイミングで宇宙海賊と接触するとは考えもしなかった。

「傭兵との合流ポイントまであと少しだってのに!」

商いをしている以上、武装することはお客をむやみに警戒させることに繋がる。そのため、ステイクハーレーには一切の武装が付いていない。もちろん、ALSやTFFなどといった機動兵器も搭載していない。頼みの綱のスピードも前回の無茶のせいで最大出力の六割が限界といった感じだった。

丸裸同然といった状態のステイクハーレーに迫り来る機影が四つ。

「何とかして振り切れないか?!

「今からじゃ無理です!? こっちがトップスピードに乗るまでに接触されます」

「クソッ!」

またしても後手に回ってしまった。こうなってしまうと打つ手が限られてくる。危険を承知で強行突破を試みるべきか。それとも今すぐ反転し少しでも距離を稼ぎ、運よく救難信号を受け取った軍か傭兵が来るのを待つか。どちらにせよ、リスクが高すぎることには変わりはない。

「左からTFF、来ます!」

真っ先に近づいてきたのはやはり性能の高いTFF。

どうやって宇宙海賊なんかがTFFを入手したのかは分からない。分かっているのは、これは夢でも幻でもなく、紛れもない現実だということ。

悩んでいる暇はない。

「ジュビア、前方に向かって最大出力で加速しろ! 強行突破する!」

「了解!」

ジュビアの掛け声と共にステイクハーレーの全スラスターに火が入る。

それをきっかけに敵機動兵器も一斉に行動に出た。

少しずつ、間合いが詰められていく。トップスピードはこちらに分があろうとも、加速力では機動兵器に勝てるわけがない。このまま行けば五分としないうちに接触されるのは目に見えていた。

「TFF、さらに接近…ッ! ロックされました!」

「チッ! 右に旋回と同時にバレルロール! 意地でもブリッジを狙わせるな!」

「了解!」

宇宙海賊が欲しいのはあくまで積んである物資のみだ。ならば狙いは必然的にブリッジに集中する。

「間に合え!」

ジュビアは舵をしっかりと握り締め、必死にステイクハーレーを操っていく。

刹那、TFFから閃光が放たれた。

 

万事休す。まさにそんな言葉がふさわしい状況だった。

戦況は圧倒的に不利。このままでは数分と持つかどうかといったところだ。

「約束の時間になってもこないと思ったら、まさかこんなことになってるなんて」

コクピットに座りながら少年は冷静に戦況を分析していた。

そこに相棒から通信が届いた。

『いいですか。なんとしてもクライアントを守ってください。でないと…』

「…分かってる」

そこから先は言わなくても重々承知している。

「じゃあ、行ってくるよ。そっちの処理は任せたよ」

『はい。こっちは任せてください』

青年の腕を少年はよく知っている。だからこそ、信頼して任せられる。

少年は小さく頷き、通信を切った。

「…よし」

グリップを握りなおす。

「行きますか…ッ!」

少年がグリップを一気に押し込むと黒い巨体が一瞬にしてその場から消え去った。

 

放たれた閃光はステイクハーレーの左舷上段コンテナブロックを貫いた。

「くっ!」

ジュビアは迷うことなく撃ち抜かれたコンテナブロックをパージした。

「だあぁぁッ! 大事な商品がぁ」

「今はそれどころじゃないでしょ!?

パージされたコンテナの中には主に武器や弾薬などがまとめられていた。下手をすれば有爆する危険があった。

「だがなぁ…」

「あぁもう、情けない声出さないでよ! 生きてればあれくらいすぐ稼げるわよ!」

こんなときでも命より商品の心配をするトツカと、それを叱るアルト。その姿があまりにもいつもどおりだったせいで一瞬だが全員の心から僅かにだが不安が消えた。

だが、それも一瞬のことだった。

TFFの固有武装であるEライフルが再びブリッジに照準を向けられた。気がつけば後続していたALS達もすぐ間近に迫っていた。

万事休す。誰もがもう駄目かと諦めかけたそのとき…

 

もの凄い速度でその宙域に近づいていく機体が一つ。

「ケルベロス、モードS」

 少年の呟きと共に折りたたまれていた砲身が姿を現す。チャージはここに来るまでの間に完了している。後は狙い撃つのみ。

「目標、センターにロック……発射」

少年は凄まじい速度の中で素早く目標を捉え、グリップのトリガーを引いた。い砲身(ロングバレル)から静かに閃光が放たれ

 

予測もしなかった方向から一筋の閃光が飛んできた。

放たれた閃光は吸い込まれるようにEライフルを構えていたTFFを貫き、一撃の下に爆砕させた。

「え…?」

それは誰が漏らした言葉だったろう。そんなことも分からなくなるほど、そこにいた全員が目の前の状況に困惑していた。

いつの間にそこにいたのだろうか。それはブリッジを守るように悠然と構えていた。

その姿はまるで黒い巨人。ステイクハーレーを守るように現れたそれはぶ厚い装甲に覆われた見たこともない機体だった。

そんな謎の機体の登場に困惑したのは何もステイクハーレーの面々だけではなかった。突然現れた黒い巨人に一瞬にして仲間が撃ち落とされたことが他の宇宙海賊たちに対してプレッシャーを与えていた。

一瞬だが僅かなこう着状態が訪れた。

海賊の乗るALSは出方を伺っているのに対し、謎の機体はいつでも飛び出せる態勢を取っている。

危機的状況が一変して、こう着状態が続く。

改めて目の前に佇む謎の機体を見るとその存在感に圧倒される。

全身を包みこむほど厚い装甲が機体を一回りほど大きくしている。それに加えて装甲全てが黒いカラーリングされているため見るものを圧倒する威圧感を出している。腕部には機動兵器には珍しく手の代わりとなるマニピュレータがなく、代わりに大型の砲身がそのまま取り着けられている。極めつけは通常なら背面に装備されるはずの大型スラスターをそのまま取り付けたように太い脚部。どれを取っても明らかに通常の機動兵器とは異なっていた。

ALSともTFFとも区別が付かない謎の機体は軍の新型機かとも考えられるが機体から識別信号が発信されていないことからその可能性は低い。

今は分かっていることはブリッジを庇うようにその場にいるということ。少なくとも敵対行動を取るつもりはないことだけは確かである。

不意に謎の機体がブリッジのほうを向いた。胴体はそのままに頭部だけをブリッジに向けている。まるで何かを確かめようとしているように。

すると突然、ブリッジにコール音が響き渡った。

「トツカさん、通信です」

「…どっからだ」

トツカは視線から謎の機体を外さずに管制席に座ったジュビアのほうを向いて言った。

聞かなくてもある程度は想像ができた。通信をしてきたのは目の前の謎の巨人からに決まっている。

ジュビアは視線だけを謎の機体に動かし、それに答えた。

「繋げろ」

ジュビアは言われるままに通信回線を開いた。

メインモニターに映し出されたのはコクピット内部の映像だった。もちろんそこにいるパイロットの姿も映し出していた。そこに映し出されていたのは年端も行かぬ少年の姿だった。年齢でいえばアルトと大体同じくらいに見える。真っ先に目を引いたのは髪の色だった。白、といってもその色は透き通るように綺麗な白色だった。見ようによっては銀色に見えなくもない。

『こちらは傭兵九龍(クーロン)ジオです。確認したいんですが、そちらは依頼主のH商会で間違いないですか?』

ジオと名乗った少年の声はどこまでも透明だった。普通の人ならば―押さえ込んでいるにせよ―多少なりとも感情という色が言葉の節々に現れるものだ。だというのにモニター越しから聞こえてくる少年の声はどこか人形じみた固さというか、人間らしい感情という色が削げ落ちてしまったかのようなそんな声だった。ただ淡々としているわけではなく、それこそどこまでも透明で、例えるなら水晶のような…そんな印象を受ける。

「ああ、そうだ。こちらはH商会で間違いない」

トツカはホッと胸を撫で下ろし、安堵の表情を浮かべた。

『約束の時間になっても来ないんでまさかと思って』

「いい勘してるじゃねぇか。おかげで助かったぞ」

『それが仕事ですから』

感情の起伏もなく答える少年。言葉から察するに別に傭兵という仕事に誇りを持っているわけではなさそうだ。

「じゃあ、早速で悪いんだが一仕事頼む」

さっきまでの不安はどこへ行ったのか。少年の登場とともに不安は安心に変わった。一目見ただけでこの少年が只者ではないことは分かった。戦闘の真っ最中だというのにその顔には不安の色が全く見えなかった。むしろこの状況に慣れきっているようにも見えた。どう見ても年端も行かない少年だというのに、だ。まるで何もかもが当たり前であるかのように。これはトツカの勘だが、この傭兵の少年は相当強い。理由は分からないが漠然とそう感じた。

『了解です』

そう言って少年は回線を閉じた。その通信が途切れる瞬間、

「あッ…」

不意にアルトが声を上げた。

「どうした」

怪訝そうにトツカがアルトを見た。

「え? あ…ううん。なんでもない」

「…そうか? ならいい」

 アルト自身がそう言っているのであればなんでもないのだろう。別に様子がおかしいわけでも、無理をしているわけでもなさそうだったのでトツカはそれ以上の追求をしなかった。それに今は別のことに気が行っていた。あの若さで傭兵を名乗っている少年の実力をこの目で確かめたかった。そして、その願いはすぐに叶うことになる。

 

「了解です」

そう言って少年―ジオが通信を切ろうとした瞬間、偶然船内にいた一人の少女と目が合った。少女のほうもそれに気づいたらしく目を丸くしていた。そこで通信が切れ、モニターが消えていった。

――なんだろう、この感じ。

理由は分からない。特別感じるわけではない(・・・・・・・・・・・)。そう、ただなんとなく会ってみたいと思った。会って話をしてみたいと思ったのだ。

――あ、そうか。

一つだけ思い当たることがあった。

――そういえば、僕と同じくらいの歳の女の人と会うのって初めてだったっけ。

それは単純な興味だった。元々特殊な生まれだったせいで周りには自分よりずっと年上しかいなかった。傭兵として働き出してからもそれは変わることはなく、気がつけば同じくらいの歳の子とまともにあったことすらなかった。

――久々だな。この感じ。

そんなことを思うのは最初の頃以来かもしれない。

「っと、いけない。今はこっちに集中しないと」

軽く息を吐くと少年はすぐさま気持ちを切り替えた。今は余計なことは考えないほうがいい。ここから先は傭兵としての本業が始まるのだから。状況確認は改めてするまでもない。残る敵の数は三機。どれも量産型―それもまともに整備もされていない―ALSばかりだ。この機体と自分の腕ならば一瞬で片を付けられる。

「始めるよ。ネメシス=v

握り締めたグリップを前へと押し込む。それに呼応するように黒い巨体が暗き宇宙(そら)を舞っていった。