その光景を一言で表すならば、まさに圧倒的だった。

ジオと名乗る少年は幼い見た目とは裏腹に十分すぎるほどの実力を有していた。その実力を見せ付けるようにジオは海賊ALSに攻撃を仕掛けていった。

ジオは迷うことなく黒い機体―ネメシスを海賊ALSのいる真っ只中に向けて一気に加速させた。

「クッ…」

急激な加速と共に強烈なGがジオに襲い掛かってくる。一瞬でも気を抜けば、簡単に意識が持っていかれそうになる。

あっという間に最大速度まで加速したネメシスは海賊たちの目には一瞬にして消えたように見えたはずだ。その証拠に海賊たちは微動だにできないでいる。

凄まじいスピードで一瞬のうちに目標の海賊ALSを射程内に捉える。狙いを定める。照準と海賊ALSとが幾度も重なっては離れていく。グリップを僅かに動かし、微調整を繰り返す。次の瞬間、二つの照準が一つに重なり合う。この一瞬をジオは見逃さなかった。

「落ちろ」

感情のない呟きと共にジオは引き金(トリガー)引いたそれを合図にネメシスの両腕部の砲身から大量の熱量同時眩い閃光が放たれた。

放たれた閃光は一直線に正面に構える海賊ALSへと伸びていく。一瞬の出来事に狙われた相手は咄嗟に対応することができずに瞬く間に機体頭部を撃ち抜かれた。

「ケルベロス、モードG」

長く伸びた砲身が中心から折りたたまれる。そこに現れたのは新たなる銃口だった。

頭部を撃ち落としたことで相手はメインモニターを使えなくなったはずだ。その証拠にメインモニターを失った恐怖からだろう、海賊は挙動不審な動きを繰り返している。

この隙を見逃すほどジオは馬鹿ではない。

「これで決める」

相手に僅かな隙も与えず、ジオは間髪入れず引き金を引いた。短くなった砲身から短い閃光が連続して放たれる。矢継ぎ早に放たれた閃光に相手はどうすることもできず、向かい来る閃光に次々と機体のあちこちが削られていく。最後は呆気なく閃光がコクピットを貫き、成す術なく海賊ALSは宇宙の塵となって消えていった。

「残り二機、次は…」

勝利の余韻に浸ることもなく、ジオはすぐさま次の目標に向けてネメシスを奔らせた。

 

あまりの早さにトム・オームスは呆然とするしかなかった。予想を遥かに上回る性能を持つ謎の黒い機体によって一瞬のうちに仲間の一人がやられた。それこそあっという間の出来事だった。呆然としていた頭が次第に状況を認識していく。その全てを把握したとき、トムの中に恐怖が生まれていた。

こいつは楽な仕事のはずだった。いつもどおり、獲物を一気に攻め立て、追い詰め、略奪する。慣れてしまえばこれほど簡単な作業はない…はずだった。今回も途中まではうまくいっていた。あと少しで終わるはずだった。だというのに…全てはあの黒い機体が現れたことでおかしくなってしまった。

きっかけはこちらの索敵範囲外から放たれた一射からだった。超長距離から狙い済ましたかのようなその一撃は一直線に、誰もが気がつく前に決着をつけていた。まずは一人目。唯一のTFF乗りであるジムがやられた。

このときはまだ反応ができていた。この見えない敵にやばいと感じたトムは咄嗟にその場から動いた。相手はこちらのレーダーに映らない距離から攻撃することが可能だということがわかったからだ。すぐにその場から動かなければ相手にとって絶好の的でしかない。現状ですべきことは相手に的を絞らせないためにもこちらは常に動き回ること。それと同時に相手の位置を捕捉することだ。

トムがそう考えた矢先だった。いつの間にそこにいたのか黒い機体は獲物である輸送船を背にまるでこちらを睨みつけるかのようにこちらを向いていた。

トムは黒い機体がそこに現れた瞬間に全く気づかなかった。最初からそこにいたのか、それとも瞬間移動のような速さで移動したのかは分からない。どちらにしてもこちらが思っている以上の性能だということはまず間違いない。

機体の性能も然ることながら、それを操るパイロットの腕も並ではないことくらい機動兵器を操縦している以上嫌でも感じ取れた。それに加えてあのフォルム…重厚な装甲と見るものを圧倒する黒いカラーリングによって、機体は見た目以上の存在感と威圧感を持って海賊たちに襲い掛かってくる。

『おい、どうする!?

仲間のザックが半狂乱で食って掛かってきた。

「どうするって、俺たちでやるしかねぇだろ!」

『でもよ、ジムの兄貴がやられちまったんだぞ! 俺たちだけでどうにかできんのかよ』

ザックの言うことも間違ってはいない。撃墜されたTFFに乗っていたジムはトムのいる海賊の中で最も機動兵器の操縦がうまかったやつだった。そんなジムがあっさりとやられてしまったのだ。他のやつらが、まして性能でTFFに劣るALSなどで勝てるわけがないのは目に見えていた。だが…

「こっちはあと三機いんだ。一斉にかかればやれる」

性能で負けているなら物量で押し切ればいい。単純だが有効な手である。

「いいか、俺が合図する。そうしたら一斉にあいつに攻撃を仕掛けるぞ。分かったな、ザック」

馬鹿だけが取り得なザックにはこうでも言っておけばいい。どうせ、あいつは何も考えずに応じることは分かりきっている。

『お、おう…!』

案の定、ザックはすぐに返事を返してきた。馬鹿とハサミはなんとやらとはまさにこのことだろう。

「バンプ、てめぇもいいな」

『…ウッス』

もう一人の仲間で鈍間なバンプもあっさりとトムの意見に賛成した。

そうと決まればあとは攻撃のタイミングを計るだけだった。だがそんなことを考えられたのも一瞬のことだった。

目の前から黒い機体が消えた。いや、実際に消えたわけではなかった。あまりの速さにこちらが捉えきれなかっただけだ。

驚くべきはあの機体の常識外れな加速力とそれを操りきるパイロットの腕だった。

次の瞬間、劈くようなザックの悲鳴が聞こえてきた。

『ひッ!? ロックされ…』

誰もがあんな速度でまともな射撃などできるはずがないと思い込んでいた。その驚きが全員の反応を鈍らせた。

ロックされてからエネルギー波が放たれるまでさして時間は掛からなかった。放たれた閃光は避ける暇もなくザックのALSを撃ち抜いた。

「ザック!」

突然の出来事にトムもつい声を荒げてしまった。

『…お、俺、死んでねぇ』

震えるザックの声で聞こえてきた。運よく、撃ち抜かれたのはコクピットではなく頭部だった。だが失った頭部にはメインカメラが搭載されていた。そのメインカメラが失われたことによってコクピット内のモニターのほとんどが黒く塗りつぶされているはずだ。

『真っ黒で何も見えねえ。どこだ…どこにいやがんだ!』

見えないという恐怖がザックをパニックへと追い詰めていく。それと同時に発せられるザックの声が他の二人の心をさらに蝕んでいく。気がつけばグリップを握っている手がじっとりと汗ばんでいた。

この隙を逃すほど黒い機体のパイロットは間抜けではなかった。両腕の長い砲身が半分に折りたたんだかと思うと次の瞬間には嵐のようなエネルギー波が放たれた。

『あぎゃッ!』

パニック状態のザックにこの攻撃を避けることなど無理な話だった。

『ヒッ! やめろ。おい、助け…』

それがザックの最後の言葉だった。

「……嘘だろ…」

勝てるわけがない。勝ち目など最初からなかったのだ。ジムがやられた時点で逃げ帰るべきだった。そのことを今更になって気がついてしまった。だがもう遅い。死に神はすでに目の前まで迫っていた。

ザックを仕留めた黒い機体は次の獲物にトムを選んだ。黒い機体はありえない機動性で真っ直ぐにトムのほうへと向かってきている。

「来るな、来るなっつうの!」

ロックすることも忘れ、トムはひたすらに撃ちまくった。下手な鉄砲も数を撃てば当たるはずだ。だというのに黒い機体には一発としてかすりもしなかった。

「化け物かよ!?

黒い機体はもはや化け物としか言いようがない操縦技術で回避している。どうすれば直撃するものだけを見極め、回避することができるのか。

「ちくしょう!」

トムは必死に撃ち続けた。それが自分の命を長らえさせる唯一の方法だったからだ。だがそれも一瞬にして終わりを告げた。

突然、黒い機体は潜るように下方向に加速した。一瞬にして視界から消え去ったかと思った次の瞬間、黒い機体はトムの機体の真下から飛び出るように現れた。

メインカメラが目の前の黒い機体をアップで映している。黒いカラーリングの中に赤く光るツインアイがメインカメラを通してトムを見据えているような感覚に陥る。

「あ……ああ………」

もう駄目だ。

すでに右腕の銃口がコクピットに宛がわれている。これでは外しようがない。

「助、けて…」

トムの頭の中で繰り返される死という言葉。

死にたくない。

今まではこっちが殺す立場だった。無防備な商船を襲い、積荷を奪った挙句に助けを請う人の声に耳を傾けることなどするわけもなく殺してきた。握った命をどうしようと勝手だった。

だが今は違う。トムの命を握っているのはトム自身ではなく、目の前にいる黒い機体のパイロットだった。そのパイロットが少しでも指に力を入れればトムの命はそこで終わる。

そして…それは不意に聞こえてきた。

『…これで終わり』

それはまだ幼さが残る少年の声だった。

何故? 答えはすぐに出た。黒い機体がトムのALSに接触していることで回線が繋がってしまったのだ。

『さよなら』

そうとも知らず―気にも留めていないのか―再び声が聞こえてきた。その声には何の感情も乗っていなかった。無というのが正しいだろう。

「ま、待て…ッ!」

それは必死の叫びだった。

『ッ………』

震えたトムの声は確かに相手に届いた。その証拠にトムはまだ生きている。引き金は未だ引かれてはいない。

「…た、助けてくれ」

トムの口から出てきたのは命乞いの言葉だった。命を奪おうとしている相手に命乞いをするなど無意味な上に惨めなだけだ。だがそうまでしてもトムは生きていたかった。生きていればチャンスはまた来る…だからこそ、惨めでも命乞いをするしかなかった。

「俺はまだ死にたく……」

だが…

『さよなら』

トム・オームスに待っていたのは絶望だけだった。

 

「さよなら」

そう呟き、ジオは何の躊躇いもなくトリガーを引いた。閃光とともに放たれたエネルギーが一瞬にしてALSのコクピットを飲み込みこんだ。パイロットを失ったALSは爆散し、宇宙の塵となって消えていった。

これで残る敵機はあと一機のみ。ジオは息つく暇もなく、機体を再び加速させた。素早くレーダーに目をやり、目標の位置を確認する。距離にして三百、それなりに距離が離れている。だが、ネメシスの固定武装ケルベロス≠フモード(スナイプ)ならば届く距離である。

「エネルギー残量は…残り十分の一か」

気がつけばモニターに表示されたエネルギー残量を示すゲージがすでに残り僅かを指していた。ここに来るまででエネルギーの半分を使用してしまい、それに加えて射程ギリギリからの超長距離射撃で予想以上にエネルギーを食ってしまったのが原因だろう。手早く片付けようと少し派手に暴れすぎた。この様子だとスラスターの噴射剤も残り少ないと考えるべきだろう。

「見えた」

最後の機影をモニター越しに視認した。意外にも一人残された海賊は逃げる素振りなど見せずに真っ向からネメシスのほうに構えていた。そうこなくては。こういう状況に陥った海賊の大半は大きく分けて二通りのパターンを取る。自らの命大事さに背を向けて逃げ出すか、自棄になって襲ってくるか、だ。ジオにしてみれば相手がどちらを選んだとしても生かしておくつもりはないのだが、稀に覚悟を決めて立ち向かおうとする者もいる。

――少しは骨がありそうだね。

内心ではそんなことを思ったりもしたが、すぐにその考えを捨て去った。これから殺す相手のことを考えたところで何も得るものはない。それにジオに戦いを楽しむ趣味など分かるはずもない(・・・・・・・・)

真っ直ぐこちらを向いているということは正面からぶつかってくる気だろうと予測していたが相手もそれなりに戦い慣れをしていた。構えていたアサルトライフルをネメシスに向けて乱射すると同時に機体を左右に振るようにジグザグな軌道を取り始めた。

――簡単にはいかない、かな。

ジオは右側面のスラスターを噴かし、ネメシスをスライドさせるように移動させ向かい来る銃弾を回避すると間髪いれずに反撃に打って出た。ケルベロス≠フモードは(ガトリング)。短い閃光が何度も放たれていく。狙いも定めずに放たれた閃光はそれでも真っ直ぐに海賊ALSに向かっていった。だが敵も馬鹿ではない。ジグザグだった軌道が一変して大きな弧を描くように旋回し、攻撃を避けるとともにネメシスの側面を取ろうした

――やる…だけど。

ジオはさらにその上を行った。敵に側面を突かれる前にネメシスのメインスラスターと側面スラスターを同時に噴かした。するとネメシスは三日月のような軌道を描きながら急速旋回し、逆に敵の側面を取った。

――これで決める。

正面の敵機に狙いを定め、ジオは引き金を引いた。銃口から断続的に放たれるエネルギー弾が次々と海賊ALSの装甲に穴を開けていく。そして、そのうちの一発がついにコクピットを貫いた。最後の海賊ALSは閃光とともに宇宙の藻屑となって消えていった。

「敵影消滅。任務完了………ふぅ」

ジオは肺に溜まった息を一気に吐き出すとコクピットシートにもたれかかるように体重を預けた。

 

「ただいま」

戦闘を終えたジオは一人、バンの待つ元海賊船に戻ってきた。

「おかえりなさい。とは言っても私たちの船ではないですが」

バンは苦笑交じりに答えた。確かに、とジオも肩をすくめてみせた。

「それにしても…最近ついてないよね、僕たち」

さすがの連戦で疲れているジオの口からはため息しか出てこなかった。

「まさか、こちらが先に海賊に襲われるなんて思いもしませんでしたしね」

「あんなの完全に予想外だよ…」

たまたま予定時刻より早く合流ポイントに着いてみれば、そこにいたのはさっきまで戦っていた海賊の母艦で、どういうわけか同業者に間違えられた挙句に襲われる始末。

「いきなり襲ってくるんだもん。おかげで僕たちの船はおじゃんになるし…」

襲ってきた海賊の機動兵器群はネメシスに乗ったジオがあっさりと返り討ちにし、その間に船に搭載していた予備のALSで脱出したバンが海賊船を制圧した。その後、ゆったりと海賊から奪った船で依頼人の到着を待っていたが、約束の時間になっても依頼人の来る気配はなかった。嫌な予感がしたジオがネメシスで周囲を索敵してみると案の定、ステイクハーレーは危険な状況だったわけである。

「はぁ…」

さすがの連戦で疲れているせいもあってか、ついついため息が漏れてしまった。

「どうかしたんですか。ため息なんかついて」

それを察したのか、バンは少し心配そうな顔を浮かべた。

「ううん、なんでもないよ」

「そうですか」

それを聞いて、少し安心したバンは微笑をジオに向けた。

バンとの付き合いは二年ほどになるが、どこか掴みどころのない性格をしているくせに、こういう些細な気遣いがうまいのだ。始めの頃はそれがどういうことなのか(・・・・・・・・・)理解できなかったが、今ではその凄さを実感している

「それよりも…依頼人を置いて、先に一人で戻ってきてもよかったんですか」

「ん…まぁね。護衛しながら戻ってくるにもネメシスのエネルギーが底を着きそうだったから、しょうがなくね」

ネメシスは他の機動兵器とは違い、内部バッテリーによって動いているため活動時間に限界があった。当然、エネルギーが尽きればその時点で機体を動かすことはできなくなる。そうなれば護衛するどころの話ではなくなるわけである。

「だから、事情を説明して先に帰ってきたってわけ」

「そうでしたか。ですが、それなら依頼人の船に乗ってくればよかったのでは?」

「それもそうだけど…」

確かにバンの言うとおり、わざわざ急いでここに戻ってくる理由はないのだが…

「これが気になって」

ジオの目線が僅かにずれ、バンの後ろにあるものに注がれた。

「これですか…」

そこには縦長で人間一人がすっぽりと入るほどのコンテナがあった。そのコンテナの前面―丁度、ジオが見つめているところ―には鳥の羽根を模したロゴマークが付けられていた。

「どう? 開けられそう」

「それが、脱出の際に持ち出せた機材ではどうにも」

「そう…」

力ずくでこじ開けることも考えたが、バンの見立てでは無理にこじ開けようとするとコンテナが爆発する仕掛けになっているそうだ。

コンテナを見つめるジオの瞳が次第に鋭くなっていく。

「まさか、こんなところで手がかりが見つかるなんてね」

まるで戦っているときのようにジオの口調は坦々としていた。

「とりあえず、これはこのまま運び出しましょう」

「…そうするしかないか」

ため息とともに鋭い瞳と冷たい口調が元の少年らしいものに戻った。

「今は目の前の仕事に集中しましょう」

「…了解」

そう答えるとジオはネメシスの下に向かっていった。

――絶対に止めさせるんだ。

たたずんでいる黒い巨体を見上げながら、ジオは静かに拳を握り締めた。