天気の良い昼下がり、市街地のちょうど真ん中に位置する公園では元気いっぱいに遊びまわる幼い子供たちの姿と、その姿を少し離れた木陰から見守る母親たちの姿があった。

この公園のシンボルともいえる噴水の周りにはベンチが設置されており、そこに腰掛けて昼食を取る大人たちの姿もちらほら見える。他にもペットを連れて散歩を楽しむ老人や仲良く手を繋いで歩いてくるカップルの姿もあった。

そんな平穏な風景の中、アルト・Hは盛大に悩んでいた。アルトの眼下には静かに寝息をたてている一人の少年の姿があった。

少年の名はジオ。九龍という傭兵の一人であり、今はH家―正確にはH商会―の護衛の依頼を受けてここにいたりする。

傭兵が依頼人を護衛するのはよくある話だが、この状況はいささか問題があった。

寝ている。

どこで。

アルトの膝の上で。

――あーもう! 早く起きなさいよーッ!

同い年の男の子と二人っきりでベンチに座っていること自体恥ずかしいのに、それに加えて膝枕をしているなんて顔から火が出るくらいに恥ずかしい。

――傭兵のくせに依頼人ほったらかしで寝るってどうなのよ!

今すぐ叩き起してやりたいくらいだが、あまりにもぐっすりと眠っているのでそうするのも気が引けてしまった。おかげで大声も出せずに黙っているしかない。

――お姉ちゃん、早く来てよ〜。

つい三十分前に分かれたばかりの姉を心待ちにしながら、時折感じる人の視線に恥ずかしさのあまりアルトは俯くしかなかった。

何故、こんなことになってしまったのだろう。

 

事の始まりはニ時間前に遡る。

ステイクハーレー内にある格納庫には僅かにだが機動兵器を固定するハンガーが設置されている。これは戦艦だった頃の名残なのだが、僅かしか残っていないのは商船として改造する際にスペースの有効利用としてその大半を撤去してしまったからだった。

その数少ないハンガーには今、九龍が持ち込んだ機動兵器が二機並んで固定されていた。そのうちの一つ、黒い巨体の機動兵器―名前をネメシスという―のコクピットの中に探していた少年―ジオはいた。

「ジーオ君ッ」

声とともにコクピットハッチからひょっこり顔を出すと案の定ジオは驚いた顔をしてこちらを見た。

「ソプラノさん。こんなところにどうしたんですか?」

「何してるのかな、と思って」

「特にすることもないんで機体のチェックをしてたんです」

無事に合流できてからというもの、あれほど脅威に感じていた宇宙海賊がまるで脅威ではなくなってしまった。あれから幾度となく宇宙海賊に襲われはしたが、ジオとネメシスにかかればそのへんの宇宙海賊などあっという間に撃退されてしまった。とはいうもののここまで頻繁に宇宙海賊に出くわすなどまずないことで、おかげで九龍―特にジオ―には気の抜ける暇がなかった。

だがそれも昨日までの話で今日の明け方頃には無事、目的の商業コロニーにたどり着いた。ここは商業コロニーということもあり、警備は万全で宇宙海賊もそう簡単には手を出せない。おかげで宇宙にいる時程、気を張る必要がなくなったのだ。

「へぇ」

それを聞いた途端、つい声のトーンが上がってしまった。

「あのね、これから私とアルトとジュビアさんの三人で買い物に行こうと思ってるの」

「はぁ…」

状況が飲み込めていないジオにソプラノはにっこりと笑顔を浮かべた。

「それでね。よかったらでいいんだけど、ジオ君も一緒に買い物に行かない?」

「僕も…ですか?」

突然の申し出にジオは目を丸くした。

「嫌なら無理にとは言わないけど」

「あ、いや…嫌じゃないです…けど…」

「けど?」

「僕なんかが連いて行っても何も面白くないと思いますよ」

淡々とした口調で、まるで最初からそうなることをわかっているような、そんな口ぶりだった。

「そう? ジオ君が来てくれればきっとアルトは喜ぶと思うな」

もちろん私もね、と付け加えながらソプラノは優しく微笑んだ。

「あ……」

一瞬、ジオの顔に驚きとも戸惑いとも言える表情が浮かんだ。

「どうかした?」

「いや、別に……ただちょっとボーッとしてました」

目を凝らしてよく見れば、ジオの目元にうっすらとクマができているのがわかる。

「もしかして疲れてる…?」

少し考えればわかることだった。仕事とはいえ、まだ成人していない子どもが寝る間も惜しんで海賊と戦い続けていたのだ。疲れていないはずがない。だというのに…

「別にそんなことないですよ。これでも一応傭兵ですから」

こんなの疲れたうちに入らないです、と微笑みながら言われてしまってはソプラノも言い返すことはできなかった。

「わかった」

ソプラノは静かに息を吐いた。

「ジオ君がそういうなら、そういうことにしておくね」

止める言葉を口にするのは簡単なことだ。だがそれは、例え子どもとはいえ一人の傭兵に対して失礼な気がした。

「それでどうする? もしあれなら護衛ってことで連いて来てくれると私たちも安心できるんだけどな」

「そういうことなら」

仕事として依頼されてはさすがにジオも断ることはできなかった。

「それじゃあ決まり。身支度もあるだろうから三十分後に港口で落ち合いましょう」

「わかりました」

「それじゃあ、またあとでね♪」

ジオから出かける約束を取り付けたソプラノは意気揚々と格納庫から去って行った。